床屋

 今日、散髪に行った。短い髪なので、数ミリ伸びても目立つ。それだけでなく、理容師さんにいわせると毛の立ち方がまっすぐらしく、伸びてくると短くてもすぐに寝癖がつく。そのため月に二回は通わなくてはならない。
 若い頃は長髪で、肩に届くまで伸ばしていたときもあった。
 髪を短くして何十年が経っただろう。振り返れば、髪を切ったときに、それまでの若者に特有の向こう見ずな勢いも捨て去ったのかもしれない。
 その代わりにこじんまりとした日常を手に入れた。
 きっと多くの人がこうしたトキを経て、やがて朽ち果てて行くんだろう。
 彼はどうだったのだろう。あの長髪のまま、人生を全うできたのだろうか。
 誰にもそれは分からない。ただ、はっきりしてるのは、彼の時間が突然、止まったことだ。
 床屋のレジの横には結末を伝える号外が置いてあった。
 今度行くときには、もうそれは片づけられている。その場所にはミニコミ誌でも置いてあるのだろう。
 なにを学べばいいんだろう。果たして悲しみなのか、憎しみなのか、非難なのか、苦しみなのか、分からない。
 分からないまま、これから先も月に二度の床屋通いは続く。

香田証生さんのご冥福をお祈りします。

操縦

 ネズミの神経細胞を培養してそれらを結合させた「脳」が、バーチャルの飛行機を操縦させるというニュースがあった。
 すでに、「機体の縦ゆれと横揺れをコントロールできる程度にまで操縦方法を学習した」という。
 正直、驚いた。最初はまったく操縦などできなかったという。3歳児でもそんなこと無理だと思うんだけど、どんな状態なのか、ぜひ知りたいものだ。
 ところで、これは果たして考えているということになるんだろうか。あるいは、ゆれの刺激で、神経群があるパターンの興奮を起こしたとき、それをゆれの補正に戻しているだけとかじゃないだろうか。
 どういうことか、もう少し説明してみよう。
 たとえば若い娘さんがなまめかしいポーズで青年院長を刺激するとする。まじめで本にしか関心のない青年院長は興奮する。でも、授業をさぼるのがまじめで、エロ本にしか興味のない青年院長は「これこれだめですよ。そんなことしちゃ」と娘さんの生き方の補正をする。
 若い娘さんに声をかけたいけど、単純に娘さんを諭すだけのことをオウムのように繰り返すのは、果たして「脳」なんだろうか。もちろんいろんな誘惑のパターンがあるんだろうけど、それぞれに応じてテープのように対応をするとすると、それは果たして考えているといえるんだろうか。
 もちろん、研究は「思考」そのものを問うているものじゃないんだろうし、すばらしいものなんだろう。ただ、なんとなくひっかかっては、いる。
 でも、ほんとにネズミの「脳」が飛行機を操縦できるようになったら、おもしろいだろうね。
 その飛行機が世界一周をしたときの言葉は、きっとこうに違いない。
「チューばさよ、あれがパリの灯だ」

記憶

 記憶は睡眠中に強化されているらしいという研究より。
 記憶を司るものに、海馬(かいば)というのが頭のなかにある。何人かに、ある道順を覚えさせると、睡眠中その海馬の活動が活発になった人の方がより、道順を覚えていたという。
 思えば生まれてこの方、記憶力に長けていると思ったことは、一度もない。生まれたときも覚えてないし、こんなことだから、きっと死んだあとも覚えてないに決まっている。
 不思議なことに千年前に平安京ができた年は覚えているから、自信を取り戻したいところだが、困ったことに身近なことは覚えきれないでいる。
 とくに買い物を頼まれたときなんか、めんどうだ。院長だからといって、毎日のクリニックの掃除をこなすだけではことがはすまない。ちょっと気を緩めると、洗剤やら犬のえさやらたこ焼きやらをスーパーに買いに行かされるハメになるのだ。
 それでも一つや二つのときは、なんとか無事に難題をくぐり抜けることができる。だが、買い物が5つも、6つもになると、とてもこなせない。
 どうしてそうなるのか、ぜひ研究者に明らかにして欲しい。
 買い物など行かされる時間があれば、その時間とこの身を研究のために捧げたい。
スタッフ「ようするに買い物に行きたくないだけでしょ」
院長  「違う。寝ても明日の買い物を覚えようとしている」
スタッフ「なるほど」
院長  「海馬の活動が活発になればなるほど、記憶ができなくなる」
スタッフ「というより、買いもの活動が活発になればなるほど、記憶ができなくなる」
院長  「そうそう」
スタッフ「じゃあ、何回かに分けて行ってもらいます」
院長  「…はい」

苦労が、かいバ見える症例として、身を捧げてもいいんだけど。

感覚

 自分の頭の後に、ひらがなの”か”の字を指で書いて欲しい。そう後頭部に。
 書いたらその指を前に持ってきて、もう一度、”か”の字を、今度は額に書いてみて欲しい。
 簡単なようだ。でも、本当にうまくできただろうか。額に書いたその書き方を、そのまま机の上になぞってみたら、どんな字になっているだろう。”か”の字は、逆になってはないだろうか。
 感覚とは不思議なもの。触っているから間違いのないものとはいえないのだ。
 今日、イラクで日本人が人質に取られた。人一人の命が脅かされている。
ニュースが伝えるところでは、”情勢を肌で感じたいから”イラク入りしたとのこと。
 でも、隣の国から入国する際、そこにいた日本人に危険だと諭されたという。
 肌の感覚が違っていたのだろう。その場の感触は、どういうわけか間違って”安全”と感じられたのだろう。
 そのセンスについては疑問がある。
 だが、なんであれ、命は命だ。
 ぜひ彼が救われることを祈ってやまない。
 同じ土地に住む者としても。

大統領選

 米国で大統領選が行われている。今後の世界の将来がどうなるか心配でならない。患者が来なくても世界のことを気にしているくらいだ。クリニックの将来もどうなるか心配でならない。
 とりわけ心配なのが、なんだか分からない投票システムで大統領が決まってしまいそうだということ。
 なんでもタッチパネル方式の画面で投票が行われるらしく、ある筋の読みではかなりの数の無効票がでてくるという。
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病名

 マルタ病という病気があった。過去形で書いたのは、地中海のマルタ島の人たちが反対して、病名を変えたからなのね。この病気、細菌で起こるんだけど、確かに、名前だけ聞くとマルタ島に広がる風土病として誤解されるかもしれない。そんなこんなの詳しい経緯がここの記事にある。
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