●メンドリ

 今日のメモは少し躊躇する。性の話だけに、”セイの”、という気合いが必要だ。といってもニワトリの性なので、10歳未満立ち入り禁止といったところだろう。
 ということでさっそくネタ元の内容を交えてメモしてみたい。

●羽




 中国は不思議な国だ。ペットフードに樹脂を混ぜたり、せき止めに毒を入れたり、鍋の上薬に鉛を加えたりすることでそのことは十分に証明できる。だがさらに不思議なことが起こっているようだ。

●見え方

 けがれを知らないその初々しさゆえだろうか、乳児には大人とは異なったものの見方ができるという。
 もともと乳児は話しかけられる言語の違いを区別できているのではないかという報告が1980年代からあったのだが、理由は分からなかった。今回、英国の研究者が次のような実験をして謎の解明に一歩近づいている。

●放射能




 1986年に起こったチェルノブイリ原発事故に関する記事を読んだニューヨークの学者がいる。そのとき彼はある記事が気になった。
 そこには事故のあと原子炉の周囲でキノコが生え始めたと書いてあったのだ。

●指


 学生のころビートルズの名曲、”Let it be”を大声で歌っていると、そばにいた悪友からその題名の意味を問われたことがある。
 正直知らなかった。そんなことなど考えずに口ずさんでいたのだ。”放っておきなさい”と教えられたときは恥じ入ったものだ。

●アメンボ


アメンボの記事があった。水の上をスイスイと進むあの昆虫だ。その愛らしい姿に魅入られ、小さい頃浅い水路のなかを追っかけて回したのをなつかしく思い出した。早速読んでみようとしたのだが、そもそもなぜアメンボという名前だったのかという疑問がふと頭をよぎった。

●和音


 音楽用語にコードという言葉がある。一言でいえば、複数の音が重なっているものだと解釈しているが、どんな音でもいいというわけではない。そこには複雑な理論がある。なんどか理解しようと挑戦してみたが、そのたびに挫折を繰り返してきた。奥がワーと驚くほど深いのだ。だからだろうか、コードのことを日本語でワー音ともいうようだ。

●並走


 長年ランニングをやってきたものとして感じることがある。ランニングは人生と一緒だ。つらくても淡々と足を前に運ばねばならない。
 だが並走者がいればなにかと力を得ることができるものだ。励ましあうこともできれば、相手を見て自分の状況を客観的に捉えることもできる。口うるさいカミさんだが一緒にいて感じる安堵感とでもいったようなものをランニングの並走でも得られるような気がする。

●漢字カウンター


 数ヶ月前にサイトの訪問数を表示するカウンターをはずした。時代の流れにそって取り付けてはいたが、よく考えるとその意味が分からなくなったからだ。
 だが、また設置してみることにする。ひょんなことで漢字カウンターのソースがあることを知った。それを黒板に表示できればおもしろいのではないかという思いがわいてきた。

●母の日



 中国は変わろうとしている。国外の文化を受け入れようとしているのだ。
 国営のデズ似ランドが海外の批判を受けて自粛したのがその一例だ。そうした流れの一環だろう、母の日にも様々なイベントが行われているようだ。 

●顔文字

 つらいことがあったけど :( 、元気を出そう :)。


 この文章の :と( )が顔文字になっていることにすぐ気づいた方は米国の文化になじんでいると思われる。:( は米国でよく使われる顔文字で横になった顔を表し、日本の場合、 (;_;) とでもなるものだ。また :) も同様 (^_^) に相当するものである。

●埃

 今日、埃をふいた。百均で手に入るようなケースの埃だ。
 持ち主は病院にいる。まるで彼の周りの空気だけが希薄になってしまったかのように、そこでたった今も懸命に呼吸をしているはずだ。
 80年を越える人生のなかできっと初めての経験だろう。

 そういう具合に病んでいる人を数え切れないほど診てきた。そして知りたくもないその行く末を学んでしまっている。

 彼は年に似合わず好奇心の強い人だ。彼の部屋はパソコンの類の機械であふれ、CDやフロッピーやパンフレットや雑誌がきちんとケースに納められている。その部屋を母と姉とわたしの三人で今日整理をした。誰も信じたくはないが結局は静かに帰ってくることになる父を迎える場所を作るために。
 いくつかのケースが主を失おうとしてた。それを引き受け我が家に持ち帰ってきたのだ。
 
 主が部屋からいなくなって数ヶ月にもなる。だから仕方のないことだが、すべてに埃がついていた。それを雑巾で丁寧にふく。十数個のそれらはやがて新品のようにきれいになった。

 ただの埃でないと思い始めたのはしばらくしてからだ。

 父の汗、脂、息、涙、唾液、垢、つまりは父の身体から吐き出されたあらゆる分子を含んでいるはずの埃だったのだ。分子はじかに、あるいは部屋を漂いやがて落下しては埃となっていったに違いない。

 そしてこんな考えがふと頭をよぎった−ぬぐうと父がなくなる。

 愚かな考えだと笑われるのは百も承知だ。そんな分子など分解してしまい、もはや存在しないかもしれない。
 でもそれでもいい。拭きながら涙した自分を納得させることができれば、それで十分だ。