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    <title>院長室</title>
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    <updated>2012-01-26T02:52:05Z</updated>
    <subtitle>医学のような、科学のような、ジョークのような日々のメモ</subtitle>
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    <title>４年以内に７０％−その２</title>
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    <published>2012-01-26T02:35:40Z</published>
    <updated>2012-01-26T02:52:05Z</updated>
    
    <summary>4年以内に70％という地震が起きる確率ついて order=DESC&amp;by=dat...</summary>
    <author>
        <name>oyaji</name>
        
    </author>
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://memos.jp/">
        <![CDATA[<font　size="3">4年以内に70％という地震が起きる確率ついて<a href="http://ziddy.japan.zdnet.com/qa7262916.html?

order=DESC&by=datetime" target="_blank">ネットにこんな意見</a>があった。

<blockquote>4年以内に地震の起こる率が70%であれば、4年内に地震が起こらない確率は30%。
次の4年間、つまり現在から8年間に地震の起こらない確率は 30%×30%で、9%。
同様にその次の4年間、つまり現在から8年間に地震の起こらない確率は 30%×30%×30%で、2.7%。
以下、同種の計算で0.81%　0.24%　0.073%。

この逆に、地震の起こる確率は、
4年　70%
8年　97.3%
12年　99.2%
16年　99.7%
20年　99.93%</blockquote>]]>
        <![CDATA[最初の前提が正しければほぼ12年以内に地震は起こることになる。前回メモした”以内以内バー”とは比較にならないほど論理的で、なるほどと大いに納得した次第だ。

だがやはり気になることがある。
次のような事態を想定してみよう。今の状態が大きく変わらずそして今から4年間地震がなく従来いわれてきたように30年以内に70%の確率で起こると信じられてきた。しかし今から4年後に研究者が今と変わらないデータで初めて地震の発生確率を予測してみたとしよう。するとやはり同じ結果が導き出されることになるだろう。
これを先ほど引用した数値と並べると奇妙なことが起こる（左が今年計算したもので、右が4年後に初めて計算したもの）


4年　70%
---------------------
8年　97.3%　　4年　70%
---------------------
12年　99.2%　 8年　97.3%
---------------------
　　　　　　 　　12年　99.2%

単に行をずらしただけだが、おやじが路上でパンツをずらすよりもっと大きな驚きがある。つまり観測された時点で発生する確率が異なるのだ。これはかの有名な不確定性原理、すなわち観測という人の行為が加えられると自然の正確な状態が捉えられないという原理を想起させるではないか。
昨日インフルエンザの患者が多かったのでインフルエンザに感染した予兆なのかもしれないけど、なにかがブルブルと体を突き抜けた。ひょっとして重大な発見をしたのではないか。これは地震の不確定性原理なのではないか。

もちろん間違っている可能性も大いにある。むしろそちら方の確率が高く、0.0１秒以内に100%という気もするが、もし間違いが明らかになれば深謝したい。そのときはいさぎよく地震の「深く訂正原理」と改名しよう。</font>
]]>
    </content>
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    <title>４年以内に７０％</title>
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    <published>2012-01-24T15:07:01Z</published>
    <updated>2012-01-24T15:09:16Z</updated>
    
    <summary>つい最近、東大地震研が、首都圏でマグニチュード７級の地震が ４年以内に７０％の確...</summary>
    <author>
        <name>oyaji</name>
        
    </author>
            <category term="科学系" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://memos.jp/">
        <![CDATA[<font size="3">つい最近、東大地震研が、首都圏でマグニチュード７級の地震が ４年以内に７０％の確率で起こると発表した。政府は３０年以内に７０％程度といっているらしいが、地震が起こりそうな度合いはさておき、政府の長い年月の表現では気づかなかったことがある。
そもそも地震が”何年以内に”という表現と起こる確率はどういう関係にあるの？
]]>
        <![CDATA[疑問をいいかえるとこういうこと。
東大地震研のいう４年以内という期間で、もし今年起こらなければ来年の地震が起きる確率はどうなるの？
この発表は膨大なデータをコンピュータに計算させての結論なんでしょう。だとすれば日本列島が大きな地震に見舞われることもなくほとんど今と同じ状態を保っていれば、３年以内に８０％などと変わるのではなく、おそらく同じように4年以内に70％の確率だということになるんだと思うんだけど。
そして再来年も地震が起こらず列島の状況が変わらなければ、その翌年も、4年以内に70％の確率ということになるはず。そして４年過ぎても、不思議なようだけど、きっと４年以内に７０％だということになるような気がする。

４年以内、４年以内が続くわけね。でも間違いなく近々地震は突然バーと起こる。
これって、以内、以内、バーってこと？</font>

<font size="2>本当はどうなの？誰か、教えてくだされ</font>
]]>
    </content>
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    <title>レセプト算定日</title>
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    <published>2011-12-15T12:47:23Z</published>
    <updated>2011-12-15T12:50:24Z</updated>
    
    <summary>医療業界にレセプトというものがある。保険診療の枠内で患者に対して行った行為を一つ...</summary>
    <author>
        <name>oyaji</name>
        
    </author>
            <category term="医学系" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://memos.jp/">
        <![CDATA[<font size="3">医療業界にレセプトというものがある。保険診療の枠内で患者に対して行った行為を一つのデータにまとめたものだ。それをしかるべき箇所に送れば現金化される、いわば請求書だ。
それならレセプトをデッチ上げれば医療人はウハウハではないか、と誰もが思うだろう。だがそれは違う。ドラエモンがなぜ”どこでもお財布”を四次元ポケットから出さないのかを考えると答えは自ずと明らかになるだろう。その行為は倫理に反するのだ。当然のことながら、やったことだけをきちんと記録することが大前提なのだ。ドラエモンがそのお財布を出すときっとマンガ界から追放されるのと同じように、そこでインチキをやってしまう医療者は、この業界からほぼ永久追放になってしまう。
ということで医療人はまじめにレセプトを作成しているわけだが、お上の指示で来年４月からこのレセプトに大きな変更が加わることになった。医療行為をやった日付けをデータにつけなさいというのだ。
]]>
        <![CDATA[治療を料理に例えればこんな具合だ。
人参を何本、タマネギを何個、ネギを何把、何グラムの肉を使い、燃料費はいかほどでした。だからこの料理の値段をいかほどです。治療も一緒で治療に要した薬代、医療材料、技術料などを請求するのだ。いままではそれでよかったのだが、来年４月から料理の仕方を問われることになるということだ。

でもちょっと違和感を感じる。
たとえばある料理のレシピによればお湯が煮立ったときに肉を入れることになっていたとししょう。その準備をしていたときに玄関のチャイムがなった。仕方なく玄関に出ている間にそのタイミングを逃してしまった、なんてことは日常的にありえることではないだろうか。

だが新しい変更ではそうしたことは許されないことになるかもしれない。タマネギの入れるタイミングが違うのでその分は請求されてもお支払いしませんよ、ってな具合に跳ね返される可能性があるのだ。たとえば、ちょっと予定があっていつもと早くに薬をもらいに来ました、などという患者の都合など無視されることになるかもしれず、結局そうした患者の要望はそれぞれの医療機関から敬遠されてしまうことにもなりかねないのだ。

ひょっとしてお上は医療側や患者側が萎縮してしまう医療、そんなことを望んでいるのではないだろうか。真意がどこにあるのか、よくは分からない。だが、ドラエモンのスモールライトを変なところに当てると、ストーリーがいびつなものになるのは容易に想像できる。</font>
]]>
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    <title>恥</title>
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    <published>2011-10-30T13:31:51Z</published>
    <updated>2011-10-30T13:36:29Z</updated>
    
    <summary>土日に３０名近くの近隣の医療者と旅行に行ってきた。いわゆる医師会旅行だ。向かうは...</summary>
    <author>
        <name>oyaji</name>
        
    </author>
            <category term="生活系" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://memos.jp/">
        <![CDATA[<font size="3">土日に３０名近くの近隣の医療者と旅行に行ってきた。いわゆる医師会旅行だ。向かうは鹿児島。九州新幹線の開通のおかげで福岡からの所要時間は１時間３０分と少しで、ほとんど日帰り感覚の旅行だ。とはいえ午前の診療を終えてからの行程だから土曜日はほぼアルコールと黒豚を胃に注ぎ込む懇親会だけで終了した。

こうしたアルコールを嗜むことが許される泊まりの団体旅行では、通常個人的には初日から大量のアルコールで意識を失うことがほとんどで、翌日はなにを反省していいのかとまどうほどに、身を小さくして残りの旅程を遣り過ごすのが通例なのだが、どういうわけか今回は最後までなんとか正気を保つことができ、名実ともに己を知る年齢に達したのだなと心密かに喜んでいた。
]]>
        <![CDATA[だが翌日がいけなかった。不覚にも涙を流してしまったのだ。
場所は知覧特攻平和会館、戦争、それも特攻というかなり特殊な状況で１０代から２０代の若者たちの命があまりに理不尽にむしり取られる様がさまざまな資料をもって展示されているところだ。もちろん文字や映像で特攻隊についてのそこそこの知識は持っていた。知っていたつもりだが、死に向かう彼らがしたためた文字を実際に目で追うと、気持ちがコントロールできなくなってしまい、大粒の涙が止めどもなく溢れてしまった。

あわてて被っていたハンチング帽のヒサシを前に深く押し下げた。館内の訪問客にその姿を隠そうとしたのだが、耳をそばだてると通りすがる人たちからもすすり泣く声が聞こえている。

そうだ、そうなんだよね。よく考えると涙することはなんでもないんだよね。
むしろそうした当たり前の感情を押さえようとすること自体が、特攻という異常な行為を肯定する土壌を育んだのかもしれないな、という気持ちになった。

涙することは恥でもなんでもない。家族ーとりわけ散ってしまおうとする若い男の子にあっては母親だーや愛する人と永遠の別れを強いられることになぜ涙してはいけないのか。大いに泣き、泣いて泣いて、それがひとつの泣き声にならなかったからこそ、あんな馬鹿げたことが起こったのだ、そう気持ちを切り替えた。

だけど、旅から帰ってもなんだかしっくりしない。だからなにか心のなかに探り当てるものがないかと、こうしてメモしているのだが、その理由が分かったような気がする。

知覧特攻平和会館に行くのは今回が初めてのことだったのだが、実は私は高校の３年間、鹿児島で生活していたのだ。知覧に行くバスの中から、すっかり変わってしまった街並みのなかにその母校のありかを確かめようとしていた。その場所から、ほんの数十分したところに知覧の街はあったのだ。

そんな近い場所にいながら、そして知覧の名前もしっていながら、それが現実のものとして私のなかにはなかった。この事実こそ恥以外のなにものでもない。</font>
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    <title>ロボタイマー</title>
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    <published>2011-10-25T14:21:03Z</published>
    <updated>2011-10-25T14:43:00Z</updated>
    
    <summary> おいおい、双子の君たち、いくらなんでもママの値段が１７円ってのはひどいんじゃな...</summary>
    <author>
        <name>oyaji</name>
        
    </author>
            <category term="生活系" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://memos.jp/">
        <![CDATA[<font size="3"><img src="http://memos.jp/mt/imgchara6/DBimage.jpg" style="float:left;margin:10px;" alt="" />
おいおい、双子の君たち、いくらなんでもママの値段が１７円ってのはひどいんじゃないか。とはいえまだお金の価値なんて分からないから仕方がないか。君たちマイブームでやっているお買い物ごっこで、せいぜい金銭感覚のかけらでも掴んで欲しいものだね。
]]>
        <![CDATA[でもね、カップヌードルはママの値段より高いんだぞ。そのカップヌードルを２つも買って、貼ってあるシールを２つ送る、そうすると、どうなるんだったっけ？‥‥そうそう、ロボタイマーが当たるかもしれないんだね。パタパタとペンギンさんみたいに手がうごき、なんだかとても愉快なロボットだよね。父さんも当たればいいと心から思っている。だから、お父さん、毎日がんばってカップヌードルを食べてるんだ。でもねがんばっているのはそれだけじゃない。当たらなかったときのために、ロボタイマーもどきを作ったんだよ。
<img src="http://memos.jp/mt/imgchara6/robotimer.jpg" style="float:right;margin:10px;" alt="" />

それにね、がんばった理由はもう一つあるんだ。想像する楽しさ、作るたのしさを君たちに知って欲しかったんだ。お父さんが作りかけのロボットを前に悩んでいた姿を見ただろ。あれはビールが切れて苦しくなったんじゃないんだ。モーターの縦の回転を横の運動に変換するにはどうすればいいか考えていたんだ。ロボットの手をパタパタさせるには手を押さなければいけないからね。
<img src="http://memos.jp/mt/imgchara6/robotimer2.jpg" style="float:left;margin:10px;" alt="" />
簡単なようで簡単ではなかった。結局モーターを横にすることで横の回転を横の運動にすることにしたんだけど、理屈は分からなくてもお父さんが悩んで考えている姿を見て欲しかったんだ。ビールを飲んでるばかりがお父さんじゃないってことを知って欲しかったんだ。

君たちも手伝ってくれたよね。ロボットの顔を書いてくれたし電池も持ってきてくれた。つまりは、おとうさんと君たちの協同作品だ。だから見てくれはお粗末でもこのロボットには何十円とか何百円なんか値段なんか付けられないんだ。

でもね、こっそり教えてあげよう。ほんとうにここだけの内緒の話だけど外国のお金では値段がつくかもしれないよ。アメリカのドルってお金なんだ。え、じゃあ１７ドルぐらいかって？違うね。それはね、カップヌー、ドル。</font>

]]>
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    <title>電子カルテ雑感２</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://memos.jp/cgi/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=1431" title="電子カルテ雑感２" />
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    <published>2011-10-18T22:42:15Z</published>
    <updated>2011-10-18T22:47:19Z</updated>
    
    <summary> 電子カルテの真正性を担保するためハッシュ値というものを用いている。数字とアルフ...</summary>
    <author>
        <name>oyaji</name>
        
    </author>
            <category term="医学系" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://memos.jp/">
        <![CDATA[<font size="3">
電子カルテの真正性を担保するためハッシュ値というものを用いている。数字とアルファベットで構成される文字列で、いろんなデータが天文学的な確率で一意的に決められるものだ（と解釈している）。その日に触れたほとんどのデータ、すなわち閲覧だけのデータ、入力したデータ、修正したデータ、取り込んだ画像データなどなどをその日付のフォルダに入れ、それぞれにハッシュ値を付与する。そのハッシュ値さえ手が加えられていないことが証明されれば、データに手が加えられていないことになる。つまりカルテの改竄はないというわけだ。
]]>
        <![CDATA[電子カルテを稼働させる前はこのハッシュ値をすべてノートに手書きしていこうと考えていたが、すぐに愚かな行為だと気づいた。いくらヒマなクリニックとはいえ、毎日のいくばくかの時間をその作業に割り当てるのはなんとも情けなく、かつたちまちノートがいっぱいになるはずだ。

ということで悩んだあげく、やり方を変えた。その日のすべてのハッシュ値を書いたテキストを一つ作り、それにハッシュ値をつけ、プリントアウトしだその値だけを書き記すようにしたのだ。時系列で連続したプリントアウトしたものだけでもいいかとも思うが、これもやろうと思えばいかようにも改竄可能である。改竄後、最初から新しくプリントアウトすればいいだけの話だからだ。

この手の理屈は普通の紙のカルテでも通用する。だが理屈はそうだが現実にはできないことは、世の中たくさんあるものだ。飲み過ぎは身体によくないと分かっていても深酒をしてしまう、勉強をしなければいけないのに、つい遊んでしまう、運動をしたほうが身体にいいことは分かっているのについついさぼってしまう、そうした自省をふまえながら、さらにプリントアウト以上の非改竄性ともいうべき性質を書くという行為で得ようというわけだ。

それだけではない。記録した日も書き添え、さらには新しく書き直されたものでないことを補強するため、日々異なるスタッフの手で記入してもらっている。ここまでしていればほぼ真正性は確保されるものと信じている。そう安心していたのだが、ある日ふとハッシュノートを開いてみるとなんと白の修正テープでごっそり修正されている一行があるではないか。間違ったときは削除線を引くように言い伝えてはいたのだが、徹底してなかったようだ。
<a href="http://memos.jp/mt/imgchara6/hashval.jpg" class="highslide" onclick="return hs.expand(this)">
<img src="http://memos.jp/mt/imgchara6/hashval-thumb.jpg" style="float:left;margin:10px;" alt="" />
</a> 　
自身もときどき記録に参加しているのでよく分かるが、プリントアウトされた長い文字列を間違いなく写し取るのはほんの短い時間とはいえ、かなり集中力を要する作業である。　その集中力がかなり初めの箇所からとぎれていたのだろう。そんなことがあってもおかしくはない。だが間違った箇所を塗りつぶしてしまってはこの記録の意味がなくなるのだ。
そんな自分の思うままの行為、つまり恣意的な行為はノートの価値をゼロにしてしまう。

もしカルテの改竄が疑われたとき−おそらくそんなことが現実にあるとすれば司法の場ということになるのだろうが−このハッシュ値の修正はカルテ改竄後になされたものではないかと問われたら、申し開きができないのだ。後ろの公聴席で傍聴している人たちの冷笑の声が聞こえてきそうだ。そんなとても恥ずかしい思いをこの管理者はしなければならないのだ。

繰り返すが、間違った箇所を塗りつぶすことはぜひやめて欲しい。そんな恣意的な行為は、とってもハッシュが恣意ことなのだ。 </font>
]]>
    </content>
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    <title>電子カルテ雑感</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://memos.jp/cgi/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=1430" title="電子カルテ雑感" />
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    <published>2011-10-18T14:28:19Z</published>
    <updated>2011-10-18T20:48:07Z</updated>
    
    <summary>自作の電子カルテを稼働させ早３ヶ月になろうとするが、いくつか気づいた点がある。そ...</summary>
    <author>
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    </author>
            <category term="医学系" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://memos.jp/">
        <![CDATA[<font size="3">自作の電子カルテを稼働させ早３ヶ月になろうとするが、いくつか気づいた点がある。その一つがカルテのレイアウトだ。

カルテは左右の覧に分かれていて、左に病気の経過や自分の意見などを書き、右に行った行為を書くようにお上から定められている。たとえばとてもきつそうな患者がうちのクリニックに来たとしよう。すると左の覧に、"なぜこんなヤブのところに来るのだ"と書き、右の覧に"ほかの病院へ紹介状しました"という具合に書きわけるのだ。だが、右と左の情報量、つまりは文字数には多くの場合アンバランスが生じる。たとえばこんな具合だ。
"なぜこんなヤブのところに来たのだ。本当にきついなら最初からもっとまともな医療機関に行くべきと思う。いやその判断ができなほどきついのかもしれない。これはほんとに重病か。まずいぞ"という左覧の文章。そして"あわててほかの病院へ紹介状しました"の右覧の文章。この二つの文章には字数の違いがある。こうした記述が一回で終わればいいが、日にちを変えて記載するとき、左右覧の書き始める位置を一致させるとすれば、それは必然的に左右どちらか一方に多少に関わらず空白が生じることを意味する。
]]>
        <![CDATA[電子カルテを作るときこの事態を憂慮すべき重大な事柄として考えてみた。
問いつめればカルテとは情報以外のなにものでもない。情報は密に詰まっていた方がいい。だとすれば、空白などカルテにとって邪魔もの以外のなにものでもない。よく考えて見ろ。物質は原子がびっしりつまっているんだぞ。その原子より小さい電子のカルテだ、びっしり書くのが当たり前じゃないか。

それに加えお上の言葉をネットで調べ直すと、左右覧の形式に準じていればいいとあるのを見つけた。ということで右と左に分けるのではなく、上下に続けて、すなわり”なぜこんなヤブのところに来るのだ。本当にきついなら最初からもっとまともな医療機関に行くべきと思う。いやその判断ができなほどきついのかもしれない。これはほんとに重病か。まずいぞ"、の次の行に"あわててほかの病院へ紹介状しました"と続けて書くようにしたのだ。

だがことはそう単純ではなかった。さらに詳しくいえば右には症状の経過や検査結果に対してのコメントや今後の治療方針などを書き、左にはやった処置や薬の内容やよく分からない管理料などを記録する。左右に並べて見比べればなんとなく相互の関連がなんとなく分かるものが、だらだらと繋げてしまうと内容を把握するのに少々とまどってしまうことになる。

患者も一緒に見ることのできる画面なので、見づらくなったことはうまく患者の目をごまかすことができるようになったと最初のうちは喜んでいたのだが、そのうち自分でもなにがなにやら分からなくなってしまった。

ということで左右覧に分かれて表示されるよう急ぎ修正。分けてみると確かに相当に見やすいものになっている。
情報は詰まっている方がいいのではないのか、という直感は間違っていたのか。一体情報とはなんなのか、考えていると、ふと思いついた。そういえば電子はスカスカの空間を飛んでいるのだったな、と無理矢理自分を納得させた次第。</font>

]]>
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    <title>聴診器</title>
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    <published>2011-06-26T12:21:15Z</published>
    <updated>2011-06-26T12:26:45Z</updated>
    
    <summary>  ずいぶん昔のことになるが大枚をはたいてりっぱな聴診器を手にした。おのれの技量...</summary>
    <author>
        <name>oyaji</name>
        
    </author>
            <category term="医学系" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://memos.jp/">
        <![CDATA[<a href="http://memos.jp/mt/imgchara6/stheto.jpg" class="highslide" onclick="return hs.expand(this)">
<img src="http://memos.jp/mt/imgchara6/stheto-thumb.jpg" style="float:left;margin:10px;" alt="" />
</a> <font size="3">ずいぶん昔のことになるが大枚をはたいてりっぱな聴診器を手にした。おのれの技量不足をせめて金銭でおぎなえることができれば、との思いと、首にさげたりっぱな聴診器を見て患者がだまされれば、との思いで購入したのだが、その聴診器が最近ヘタって来た。劣化のためゴムの部分が硬くなってきたのだ。
通常、聴診器の管は柔軟で、身体の凹凸に関わりなく、聴診するときにはこちらの姿勢をそれほど変えることなく患者が体内で発する音を聴くことができる。聴診器の軸が自由に取れるからそれが可能になるわけだが、固くなった聴診器では事情が違う。聴診器を当てるいろんな方向に対して、まるで塗り壁に向かう左官のように、その都度こちらが姿勢を変えなくてはいけないのだ。こんなことではだまされていた患者に疑念を抱かせることになるし、そもそもこんな自由軸を失った聴診器で聴けるのは　sound　of　無軸　でしかない。
]]>
        <![CDATA[ということで買い換えを業者に打診したのだが、そこで一悶着が起こった。業者が持ってきた新品のはずの製品に、定番の包装が施されていないのだ。スーパーで求める缶ビールにはビニールなどで梱包されていなくても合点がいく。密封性が保証されているからだ。逆に包装されていたら輸送のとき傷でもついたのだろうかと勘ぐってしまう。
でも、たとえばテレビを購入したとき、通常納められている箱などなくテレビだけが運ばれてくれば、どうだろうか。うさんくささは東電の原発事故の発表に近いものがあるのではないだろうか。そこまで極端ではないにしても箱から取り出したテレビに定番の包装、つまりビニールやプチプチ包装の類が箱の中になければ、その搬送の経緯をいかがわしく思うのが人の常だろう。
くだんの聴診器も同じような状況だったのだ。箱には封の跡などどこにもなく、聴診器の型に合わせたスポンジの内装こそあったもののビニールなどで保護されることなく、ぽつねんと聴診器は置かれていた。

ということで聴診器を持ってきた業者にその旨を抗議すると、一旦商品を持ち帰ったものの、写真を持ち込んできた。それが最初の画像だ。製造元は米国でこんな具合に空輸されてくるという。つまり個々の箱詰めにされた製品はそれぞれは封印されてなく、それをいくつか納めた段ボール箱が封印されているというのが業者の主張だ。

写真まで提示され、かつそろそろ患者をだまし続けることができなくなった事情も手伝って、仕方なく購入するしかなかったのだが、やはり合点がいかない。
そもそも、どんな商品であれ新品を手にしたときのワクワク感がない。それは箱を封印してあるラベルを切るときや、包装してあるビニールを破るときに感じるものだろうが、そうしたものが全くないのだ。ましてや段ボール以外、なんにも包まれることなく米国から送られてきたという事情を知ったからには、そんな感情が湧きようもないではないか…とまぁ、超辛気くさいメモになってしまった。

ちなみに超辛気くさいメモ本家は<a href="http://www.memos.jp/exhib/black/minima_black.html" target="_blank">こちら。</a>
</font>
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    <title>電子カルテ管理運用規定</title>
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    <published>2011-06-23T12:00:20Z</published>
    <updated>2011-06-23T12:19:58Z</updated>
    
    <summary>厚生労働省が示した電子カルテのガイドラインには電子カルテを使いたければそれぞれの...</summary>
    <author>
        <name>oyaji</name>
        
    </author>
            <category term="医学系" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://memos.jp/">
        <![CDATA[<font size="3">厚生労働省が示した電子カルテのガイドラインには電子カルテを使いたければそれぞれの医療機関で管理運用規定を決めろと書いてある。お上の言葉は神のお告げ。逆らったらカミナリに打たれるに違いないく、さっそく雛形にそって作ってみたがどうも釈然としない。
もちろん患者の個人情報が絡むことなので慎重な上にも慎重な運用が必要なことは理解できる。缶ビンのゴミ出し日にゴミ袋の中の大量のビール缶をいつも他人の目につかないよう工夫している者としてはあたり前のことだ。問題はその雛形の「電子保存に関する理念」の項目にある”自己責任の原則”という言葉だ。

みことのりはかくの如しだ。
「電子保存システムの管理者及び利用者は、電子保存が自己責任の原則に基づいて行われることをよく理解しておかねばならない」

お上は電子カルテには真正性、見読性、保存性という３大原則が必要だとしている。だが、そのやり方にはいずれも決定打がないようで、仮にあったとしてもいくつものベンダーが市場に参入している現状では号令をかけることには無理がある。
ということであとは自分で責任をとってね、という御神託なのだ。

うまく隠したつもりの大量のビール缶がご近所の人目に触れれば、すべての責任はこのおやじにある。それは分かる。だが、もし電子カルテのシステムの不備で問題が生じたらそれも医療機関が負わねばならないのかと思うと、少しばかりの不満が残る。
それを覚悟で電子カルテを使いなさいというわけなのだろうが、ほとんどの医療機関ではプログラムどころかデータがどう動いているかさえ把握することもできなのが実情ではないだろうか。つい最近も大手中の大手の電子カルテが紹介状の薬剤がほかの患者のものに変わっていたという事件があったばかりじゃないか。中小のベンダーさんにいたってはバグがあって当たり前のような気がするのだ。
どの電子カルテが正確に稼働するかは分からず、いわば医療機関の電子カルテの選択は運任せ、というわけだ。
ということで電子カルテの管理運用規定は管理"運"用規定と名前を変えた方がいいのではないかと強く思うのである。

なおついでだからうちの規定とカルテ仕様のたたき台を載っけてみた。

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        <![CDATA[　　　　　　　　　　　【　おやじクリニック　電子保存に関する運用管理規定と電子カルテ仕様　】


　　　　　　　　　　　　　*************************************************
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　電子保存に関する運用規定
　　　　　　　　　　　　　*************************************************

１．本規定は法令に保存義務が規定されている診療録および診療諸記録の電子媒体による保存のために使用されるハード、ソフト両面の運用に関する運用管理に関する諸事項をさだめるものである。この規定を遵守することで患者情報を適正に保存し利用することが可能となることを目的とする。

２．電子保存システム管理の責務は院長が負うものとする。必要な場合は院長が別に十分な管理指導のもと代替させることができる。管理者は、電子保存が自己責任の原則に基づいて行われることを<s>しぶしぶ</s>よく理解した上、運営にあたる。

３．電子保存システム管理とは以下のことを意味する。
　・医療行政が示すガイドラインを適宜熟知し、その各項目に適合するよう努める。
　・ハードならびにソフトが支障なく運用される環境を保持する。
　・すべての患者情報の安全性を確保し常時利用可能な状態におく。とりわけ電子化された情報に関してはその移動に関してはアナログ情報以上に注意を払う必要なことを念頭におく。
　・ハード、ソフトの変更があっても連続した患者情報として取り出せるよう環境を整える。
　・電子保存システムを利用できるのはシステムを管理するもののみとする。なお別の端末での操作は閲覧のみ可能でかつ診療明細と投与薬剤に限られる。

４．電子保存システムへのアクセスはパスワードで保護され、パスワードは管理者のみが運用できる。なお不慮の事故に備えパスワードは信のおける第三者が厳重に保管する。また火災等の緊急事態にも対応できるよう装置を備える。

５．その他、この規定の実施に必要な事項があるときは、管理者がこれを定める。

６．この規定は平成２３年○月１日より施行する。


　　　　　　　　　　　　　*************************************************
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　電子カルテ仕様
　　　　　　　　　　　　　*************************************************

（はじめに）
当電子カルテはＲＤＢ桐言語、ＪＡＶＡＳＣＲＩＰＴ言語、ＨＴＭＬ言語で記述されており、当電子カルテを用いて経過等記載、処方等記載、既往歴記載、作図記載の４つを記録することができる。

１）経過等記載とは保険医療養担当規則でいうところの　原因、主要症状、経過等　に相当するもので、患者の自覚症状、身体所見、検査所見、その評価と方針を記載するものである。

２）処方等記載とは保険医療養担当規則でいうところの　処方、手術、処置等　に相当するもので、診療報酬体系と連動した診療内容を記載するものである。

３）既往歴記載とは患者の過去の罹患した病名、治療を記載するものである。

４）作図記載とはレントゲン写真のスケッチ等、経過等記載ならびに処方等記載を補足する図をJPEG画像として取り込み、記載するものである。 

　　　　　　　　　　　　　　　　　****************************************************************

【真正性の確保】
（１）経過等記載、処方等記載、既往歴記載、作図記載が確定した際、ならびにそのデータの修正が確定した際、生じたそれぞれのデータにはタイムスタンプ（例：2010年01月01日00時00分00秒）が刻印される。

（２）診察日の確定は以下の時点で行われる。
経過等記載では通常、患者の診察終了後、やむを得ず延期する場合は少なくとも診察日終了までに確定される。処方等記載は別途稼働する診療報酬請求プログラムと連動しており、患者への領収書発行時に確定される。既往歴記載では随時に既往歴を変更したときに確定される。作図記載では作図保存時に確定される。すべての確定は管理者のみ入力可能である。

なお経過等記載、処方等記載ならびに既往歴記載については同じ内容であればその確定は無効となる。また作図記載で得られた画像は判読可能な範囲で縮小されてカルテに表示され、画像のクリックで取り込み時の大きさに拡大する。

（３）カルテの修正は以下のように行われる。
カルテの修正とはデータの削除、追加を意味する。修正は管理者のみが行うこととする。

診察日以外のカルテの修正は原則として行われるべきではないが、やむを得ず修正の必要が生じた際は以下の基準にそって行われる。

経過等記載は医師の判断等、変更を加えるべきではない項目を含んでいる。診察日であればいずれの修正も可能であるが、診察日以外の修正については追加は可能であるが、削除はできない。
処方等記載は診療報酬体系と連動した内容であり、請求業務など同体系との関連でやむなく変更の必要性が生じた際にはいずれの修正も可能である。既往歴記載も随時にいずれの修正も可能である。作図記載は修正できない。

なお修正は作業日より遡って３ヶ月前までのデータに対してのみ可能である。

経過等記載ならびに処方等記載が修正された場合、　カルテの該当個所に　altered　の文字が表示される。altered　をクリックすることでタイムスタンプで記録された修正時刻ならびに修正内容が確認できる。既往歴の修正は別途操作で修正内容を確認することができる。
いずれの場合も、削除された内容には赤の削除線が引かれ、追加された内容には黒の下線が引かれる。
<a href="http://memos.jp/mt/imgchara6/altered.jpg" class="highslide" onclick="return hs.expand(this)">
<img src="http://memos.jp/mt/imgchara6/altered-thumb.jpg" style="float:left;margin:10px;" alt="" />
</a>
（４）当電子カルテを操作中に、カルテに付与されたすべてのデータ、すなわち経過等記載、処方等記載、作図記載、修正内容のいずれか、もしくはすべてのデータはフォルダ名を診察日の年月日としたフォルダに保管され、またそれぞれのデータはログインID、カルテ番号ならびに日付を接尾語としたハッシュ値（ＳＨＡ−１）としてそのフォルダに保管される。
<a href="http://memos.jp/mt/imgchara6/hash.jpg" class="highslide" onclick="return hs.expand(this)">
<img src="http://memos.jp/mt/imgchara6/hash-thumb.jpg" style="float:left;margin:10px;" alt="" />
</a>
なお経過等記載ならびに処方等記載については診察日より遡って３ヶ月前までのデータを取り出したものにハッシュ値が与えられる。

ハッシュ値はパソコン内の前述のフォルダに保管されるとともに印刷され、印刷された紙は前後の日付のものと連続性を保ち、かつ割り印など改竄ができない工夫を以て管理されるものとする。


【保存性の確保】
午前、午後の診療終了後の２回、すべてのファイルが２台のＨＤにバックアップとして保存される。

【見読性の確保】
どのページも必要なときは直ちにページごとの印刷が可能である。

【安全性の確保】
パソコンの起動は管理者が管理するパスワードを以てなされる。カルテの閲覧は管理者が立ち会うときのみ可能で、管理者がその場を離れるときはパソコンをシャットダウンあるいは休止モードに入れることで管理者不在時の閲覧を防止する。
必要によりセキュア桐による暗号化で第三者によるＵＳＢ等のデータの複写、データの解読が防止される。

　　　　　　　　　　　　　　　　　****************************************************************</font>

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    <title>電子カルテ</title>
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    <published>2011-06-18T22:42:26Z</published>
    <updated>2012-02-24T11:12:56Z</updated>
    
    <summary>数ヶ月前、電子カルテを自作するにあたって展示会を訪れたことがある。電子カルテを作...</summary>
    <author>
        <name>oyaji</name>
        
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            <category term="医学系" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://memos.jp/">
        <![CDATA[<font size="3">数ヶ月前、電子カルテを自作するにあたって展示会を訪れたことがある。電子カルテを作ろうと思い立ったのはいいが、電子カルテをみたことがなかった。いくらなんでも情報が少なすぎると、ときどき送ってくるこの手のＤＭの案内に従って、日曜日に会場へ足を運んだ。ビルの一室にある３社が協同で開催しているという会場の入り口に立つと、その場に居合わせた２０−３０人ほどのスタッフの視線が一斉にこちらに向けられた。半数以上のスタッフは机について弁当を開いている。ほかに誰も見学者はいないようで昼休みかとも思ったが、手にしたＤＭにはそんな時間制限など書いてなく、かまわず足を踏み入れた。]]>
        <![CDATA[通りすがりのおっさんのひやかしと思われていたのは間違いない。というのは弁当は開かれたままで、机に腰掛けたりして談話していたスタッフもそのままの状態でこちらの動向をうかがっていたからだ。モミ手をしてくれとまではいわない。せめていらっしゃぐらいの声ぐらいかけて欲しかったが、飲み屋ではおねえさんから警察官かヤクザ屋さんにしか見えないといわれる輩としては仕方ないかとあきらめ、勝手にディスプレイしてある電子カルテに近づきながめていた。ようやく事態を察したスタッフらは弁当を仕舞い始め仕事モードに戻ってくれ、それから順に３社の説明が始まった。ペンタッチ入力だとか、画面情報のドラッグ移動とか、こちらのスキルでは太刀打ちできない仕様にあこがれはしたが、なにかしっくりしない。そのうち夫婦と小学生ほどの子ども２人の一家が来場し、スタッフらが応対し始めたのを機に、電子カルテに対する漠とした思いと、なぜスタッフらはその一家を医者の家族とただちに判断したのだろう、という疑問を抱きながらその場をあとにした。
<a href="http://memos.jp/mt/imgchara6/karte.jpg" class="highslide" onclick="return hs.expand(this)">
<img src="http://memos.jp/mt/imgchara6/karte-thumb.jpg" style="float:left;margin:10px;" alt="" />
</a><a href="http://memos.jp/mt/imgchara6/karte3.jpg" class="highslide" onclick="return hs.expand(this)">
<img src="http://memos.jp/mt/imgchara6/karte3-thumb.jpg" style="float:left;margin:10px;" alt="" />
</a>
そして気付いたことがある。紙カルテにもいい点があるではないか。そこには内容が連続して記載されている。いわばパラパラ漫画のようにさっと患者の動きが把握できるのだ。展示されていた３社に限らずネットでの情報をあたっても今の電子カルテはウィンドウにしばられている感がぬぐえない。見る側、読む側の思考の動きがウィンドウという枠のなかで制限されているのだ。
ということでこんな感じのカルテを作ってみた。右画面で入力しそれが左画面に紙カルテ風に記載される。変更された内容があれば　altered　と表示され、そこをクリックすれば訂正内容が現れる、という具合だ。紙カルテの利点を十分いかしたものになっていると思う。
<a href="http://memos.jp/mt/imgchara6/karte4.jpg" class="highslide" onclick="return hs.expand(this)">
<img src="http://memos.jp/mt/imgchara6/karte4-thumb.jpg" style="float:right;margin:10px;" alt="" />
</a>

とはいえ紙カルテに抱くこのような発想自体がすでに古いのかもしれない。ｉＰＡＤのように電子画面で読書をすることに違和感を感じるようでは、そのうち時代についていけなくなるのだろう。やがて古い人間として回りから白い目で見られるかもしれない。でも展示会のスタッフの視線で訓練を受けた身としては、きっと持ちこたえることができるだろう。
ということで、この電子カルテを「古手のカルテ」と命名したい。</font>
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    <title>ハッシュ値</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://memos.jp/cgi/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=1426" title="ハッシュ値" />
    <id>tag:memos.jp,2011://1.1426</id>
    
    <published>2011-06-12T15:07:58Z</published>
    <updated>2011-06-12T15:15:19Z</updated>
    
    <summary>ここ数ヶ月カルテの改竄について考えてきた。日々の診療の不手際をカルテに手を加える...</summary>
    <author>
        <name>oyaji</name>
        
    </author>
            <category term="医学系" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://memos.jp/">
        <![CDATA[<font size="3">ここ数ヶ月カルテの改竄について考えてきた。日々の診療の不手際をカルテに手を加えることでごまかすことは、もちろん絶対にやってはいけない禁じ手だ。もしやってしまえば社会的にとてもきつい責めを受けることになる。だからやったことはない。仮にやるとしても一目でわかるようなやり方ではしないだろう。それでも詳しく調べれば手を加えた箇所の筆圧とか筆跡とかで判別できるはずだ。だからやったことはないにもかかわらず、気が気でない。
とはいえ改竄について考えを巡らせていたのはそれをしようという訳ではないのだ。それどころか改竄をしていないことをいかに証明できるのか、ということを考えていたのだ。
]]>
        <![CDATA[ここ数ヶ月、カルテを電子化するにあたってマクロを書いてきたが、いくつかの重要なポイントがあった。そのひとつがこの改竄の問題だ。厚労省の言葉では「カルテの真正性」という。シンセイセイと読むのか、シンショウセイと読むのか、そもそもそんな言葉があるのかどうかさえ定かでないのだが、お上の指導には黙って従わなくてはならない。それがこの世界の仁義なき掟で、その真正性を担保するための方策を考えていたわけだ。

そこで登場するのがハッシュ値。デジタルデータにある計算を施すと必ず一意的な数値になる。それがハッシュ値で送り手と受け手でその数値が一致すればそのデータは同じものというわけだ。ついでにその値から元のデータは読みとれないというおまけつきで、ネット世界で重宝されているのだが、そのハッシュ値に一役も二役もお願いしていただくことにした。

自主開発の電子カルテの特徴のひとつは、カルテに修正が加えられると、修正されたというマークがつく仕組みになっていることだろう。それをクリックするとリンク先が開く。そこに、タイムスタンプとしてつけられた最初のデータと修正されたデータの入力時間が示され、削除箇所には赤線で削除線が、追加された内容には黒の下線がつけられた内容が現れる。
こうした修正データと入力後のカルテは複写されて日付のついたフォルダに集められており、一日の診療の終わりにそれぞれのデータにハッシュ値をつける、というやり方で真正性を保とうという目論見なのだ。

ほんの数秒でやり終えることができる作業で、実務的には問題はないのだが、このハッシュ値をパソコンのなかに納めていたのではダメだ。改竄しようと思えば、改竄したデータに新しくハッシュ値を与えればいいだけのことで、だからハッシュ値をプリントアウトしそれをノートに割り印を打って張り付けて行こうと考えている。

これでうまくいくはずだが、気になることがひとつある。カルテの内容というものは毎回ふくらんでいくものだ。なかにはこれから先何十年とクリニックに足を運んでくれる人もでてくるかもしれない。となるとそれだけの内容を複写して毎回保存していくのは、どう考えても合理性に欠けるような気がするのだ。だから記録する期間は３ヶ月前までのものとしてみた。
すべてでも３ヶ月前までのものでも理屈は全く同じで真正性は保たれるはずなのだが、お上の判断はいかがなものか、ぜひ聞いてみたい。
データを端折っているだけに、これはハショ値だからダメ、なんていわれることはないと思うのだが。</font>
]]>
    </content>
</entry>
<entry>
    <title>たまたま２</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://memos.jp/2011/01/post_1384.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://memos.jp/cgi/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=1425" title="たまたま２" />
    <id>tag:memos.jp,2011://1.1425</id>
    
    <published>2011-01-21T03:02:33Z</published>
    <updated>2011-01-21T03:04:57Z</updated>
    
    <summary>（前日のメモから続く） なぜ入れ替えると元に戻るのか、なぜ説明になっていないのか...</summary>
    <author>
        <name>oyaji</name>
        
    </author>
            <category term="科学系" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://memos.jp/">
        <![CDATA[<font size="3">（前日のメモから続く）
なぜ入れ替えると元に戻るのか、なぜ説明になっていないのか。それは夢の話は関連があるかもしれないのに対し、おそらく関連がない可能性がきわめて高い、歯を磨くような例を持ち出しているからだ。例を使うなら、内的関連がありそうな事柄でなくてはならない。たとえばスイッチを用いてみよう。]]>
        <![CDATA[スイッチを押した−電灯が点く
スイッチを押した−電灯が点かない
スイッチを押さない−電灯が点く
スイッチを押さない−電灯が点かない

この例では歯磨きとは逆にこんな展開も可能である。
「スイッチを押したせいで電灯が点いたと思うだろう」と息子に問えばきっと息子は賛成してくれるだろう。このパターンと夢のパターンは一緒だ。だから夢を見たから○○さんは死んだのだ、と諭すことだってできるのだ。

でも「スイッチを押した−電灯が点く」のパターンに出てくる二つの事柄には本当に関連があるのか、考えてみる必要がある。
一つの家のなかのスイッチでは電球が切れていたりスイッチが壊れていなければまず電灯は点く。では隣の家の電灯の場合だったらどうだろう。隣家であるこの家のスイッチを押したら点くだろうか。多くは点かないだろう。だが、たまたま隣の人がスイッチを入れたら点くことになるかも知れない。この思考実験をもう少し進めて、たとえば日本の上空からスイッチを押したらどうだろう。母集団がこれほど大きくなると、きっとどこかの家の電灯がつくことになるはずだ。ひょっとするとスイッチを押した者の家の電灯も点くかも知れない。
だからといってスイッチを押すことと電灯が点いたことの間にはなんの関連もないのだ。

このスイッチのアナロジーを坊やの夢に当てはまめるとこうなる。
宇宙ステーションに坊やが乗り込み、○○さんが死んだ夢を見た。その遙か下の地上ではいろんな理由でその瞬間にも多くの人が死んでいる。そのうちの１人がたまたま○○さんだった、と。

「たまたま―日常に潜む『偶然』を科学する」という本のなかではこうした説明ではなく読んだときはよく理解できなかったが、その本の著者がいいたかったのはきっとこういうことだったのだろう。

それはさておき、この坊や親たちが出てくるくだんの小説に話しを戻すと、もちろんこんな理屈をこねるようなシーンは限られており、きちんとした小説の形式で物語りは進むのだが、それにしてもおもしろくなかった。なぜ賞を２つも獲ったのか。そこには、たまたまではないなにかがあるような気がしてならないのだが。</font>]]>
    </content>
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    <title>たまたま</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://memos.jp/cgi/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=1424" title="たまたま" />
    <id>tag:memos.jp,2011://1.1424</id>
    
    <published>2011-01-20T13:15:59Z</published>
    <updated>2011-01-20T13:19:12Z</updated>
    
    <summary>背帯につられて手にした文庫本がある。そこには仰々しい文字である文学賞を二つも獲っ...</summary>
    <author>
        <name>oyaji</name>
        
    </author>
            <category term="科学系" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://memos.jp/">
        <![CDATA[<font size="3">背帯につられて手にした文庫本がある。そこには仰々しい文字である文学賞を二つも獲ったと謳ってあったが、読み終わったあと詐欺にあったような感じだった。
ストーリーのつまらなさもそうだが登場人物にまったくリアリティを感じないのだ。なかでも二人の小学校五年生の男の子と女の子には驚かされてしまう。二人ともほとんど日を違わず母親を亡くしてしまうのだが、これほどまでに悲しみを感じずに−それも葬式の日から−過ごせる子供とは一体どういうパーソナリティを持っているのだろう。それだけでなく彼らの思考はまるで大人だ。女の子はある成人男性から性的な被害を被っていて、それが重要なプロットを形成しているのだが、どうやらそのためだけに無理な年齢設定したのではないかと邪推してしまう。
まぁ、受け止め方は人それぞれだろうから、それはそれとして、そんなことより本に出てきたある”解説”がとても気になってしょうがない。それはこんなものだ。
]]>
        <![CDATA[その男の子は○○さんという女性が死ぬ夢を見た。翌日その女性は飛び降り自殺をする。この奇妙な一致を父親にうち明ける場面がある。すると父親は夢と死んだことに関しての「４つのパターン」を紙に書いて説明を始める。

「夢を見た−死んだ
　夢を見た−死なない
　夢を見なかった−死んだ
　夢を見なかった−死なない」

賢い小学校五年の坊やはこう質問する。「じゃあ、４分の１の確率で当たっちゃってこと？」
それに対して父親はこう反論する「そうじゃない。お前がゆうべ○○さんの夢を見る確率も、○○さんが死んでしまう確率も、どっちも分からないんだから」問題はそんなことではなく「お父さんの言いたいのは、つまりこういうことだ」と”夢を見た”、あるいは”見なかった”箇所を次のように書き改める。

「歯を磨いた−死んだ
　歯を磨いた−死なない
　歯を磨かない−死んだ
　歯を磨かない−死なない」

　どうだ。「歯を磨いた−死んだ」のパターンは、「夢を見た−死んだ」パターンと一緒だ。だけど「歯を磨いたせいで○○さんが死んだとは思わない−そうだろ？」起こるとすればそれは偶然のことだ。それと一緒で「夢を見た−死んだ」パターンも偶然なのだ、と。
五年の坊やは「そいうことか」と理解する。

今手元にないので確認ができないのだが、「たまたま―日常に潜む『偶然』を科学する」という本にこれとほぼ同様の話があったように記憶している。読んだとき五十のオヤジは「どいうことか」と理解できないでいた。せっかくの機会だから頭のなかを整理してみたい。

まず「歯を磨いたせいで○○さんが死んだとは思わない−そうだろ？」のパターンを父親がやったように書き換えてみよう。するとこうなる。
「夢を見たせいで○○さんが死んだとは思わない−そうだろ？」
　さて、坊やは納得してくれるだろうか。明らかに坊やの最初の疑問へ後戻りしているではないか。たぶん父親と坊やのやりとりを書いた作家はこの問題を理解していないのだと思う。こう書いたからといって五十のオヤジが理解しているとは限らないのだが、とにかく、「歯を磨いた−眠たくなる」のパターンなので、なぜなのかは明日に続く。</font>
]]>
    </content>
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    <title>モラル</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://memos.jp/2011/01/post_1382.html" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://memos.jp/cgi/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=1/entry_id=1423" title="モラル" />
    <id>tag:memos.jp,2011://1.1423</id>
    
    <published>2011-01-15T02:32:33Z</published>
    <updated>2011-01-15T02:34:39Z</updated>
    
    <summary> 息子たちよ、今日はモラルについてお話ししてあげよう。え、モルラってなにかって？...</summary>
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        <![CDATA[<font size="3">
息子たちよ、今日はモラルについてお話ししてあげよう。え、モルラってなにかって？違う違う、モラルだ。え、そんなのテビレでも見たことないって？
まぁまぁそう騒がずトウコロモシでも食べながらゆっくり聞くがいい。

覚えているだろ。バズに会いに行ったあの日のことを。君たちは飛行機があまりに安定して飛んでいるので動いていないと騒いでいた日のことだ。無理もない話だ。旅行代理店の手違いで翼しか見えない席に座ったのだから、静かな機内から見える風景はいつまでたっても冷たいジュラルミンだけだった。君たちに空からの風景を見せたかったパパはとってもショックだったんだけど、そんな些細なことは忘れ、大きな目標があったのを思い出してくれ。そうバズだ。トイストーリーのバスに会いにいったのだったね。
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        <![CDATA[でも向かった会場のスタッフの人からいわれたよね。列に並んで３時間待ってくださいって。

お前たちはまだ幼いから３時間という長さは分かるまい。いろんなことがゆっくりできる時間なのだ。やってみたことはないが、きっとブロックをはしご車のはしごの高さぐらいは組み立てられるだろうしブランコだってお尻の皮がむけるまでこげる。そして間違いなく君たちが騒ぎ出すに足る十分な時間なのだ。

だから泣く泣くあきらめてほかのアトラックションに向かったんだよね。それも並んでいる人が少なそうなところを選んで。確かピーターパンと一緒にゴンドラに乗るアトラクションだったね。そんなのを目指してはるばる地方から来たんじゃなかったけど、仕方ないよね、でもね、それでも２時間待ち。持ってきた文庫本でも読みながらパパが１人並んで順番が近づいたら携帯で連絡するから、君たちはどこかでアイクスリームでも食べておいで。

そんな君たちがその場にいないときにコトは起こったんだ。列を監視していたおにいちゃんがパパが並んでいる後ろの方の人に質問をしていたんだよ。「お客様はお連れはおられますか」ってね。お母さんらしきそのお客さんはこう答えた。時間があるのでどこかへ行っている、と。
そのお母さんもパパと同じことを考えたわけだね。ところがスタッフのそのおにいちゃんはこういうんだ。
乗る人は列から出ずに並んでください、って。

お母さんは謝りながらあわてて携帯で連れの家族を呼びだしていたようなんだけど、謝る必要なんかない気がする。そんな釈然としない気持ちを抱きながら手にした本の頁をめくっていると、そのおにいちゃんがパパの横に来て同じ質問をするんだ。

やれやれだね。パパはいってやったよ。待ち時間が長いからどこかで家族はほかのところで時間をつぶしているんだ。それのどこがいけないのかと。
するとパパより背の高いおにいちゃんは見下ろすように答えたんだ。モラルがない、って。

頭のなかでなにかがプチン、カチンと鳴る音が聞こえたよ。その音のせいで自分の声が聞こえづらくなったんだと思う。それで思わず大きな声になったんだと思う。とにかくおにいちゃんの背のはるか遠くの空まで聞こえるようにいってやった。ほんの少し前にママから携帯で聞いていた情報も混ぜながらね。

モラルがないのはあんたらの方だろう。今、入場制限をしているんだろ。それならなぜもっと前に制限をしなかったんだ。企業モラルがないからこんなに長時間並ばなければならないことになるんだ、ってね。

おにいちゃん、素直だった。理解したのかどうかは不明だけど、とにかく「すいません」と一言いってパパから遠のいていったんだ。
周りの人はパパの大きな声に驚いたかもしれないけど、きっとパパの意見に賛成してくれた人もたくさんいたと思うよ。どうしてかっていうと、おにいちゃんが去ったあと、パパはまた本に目を落としていたんだけど、前にいたほかのパパがパパに声をかけてきたんだ。顔を上げると、そのパパ、微笑みながらこういったんだ。自分も家族の代わりにひとりで並んでいたんだって。

モラルを口にするときは、まず自分を省みることだね。だからパパはモラルなんて言葉は口にしないようにしている。

え、行ったところはどこだったかって？えーと、そうだね、列から出ずにーランド、だったかな。
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    <title>馬油</title>
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    <published>2010-10-11T10:46:51Z</published>
    <updated>2010-10-13T07:05:52Z</updated>
    
    <summary>さる９日から１０日にかけて行橋から別府を目指す１００キロウォークという大会に参加...</summary>
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        <![CDATA[<font size="3">さる９日から１０日にかけて行橋から別府を目指す１００キロウォークという大会に参加してきた。ウォーキングという名の付く企画に参加するのはこれが２度目のことで、かつ１００キロなぞ歩いたことがないのでどんな展開になるのかまったく予想が立たない。それだけでなくゴールは別府ではなくこちら地元の幼稚園なのだ。
というのは１０日は子供らの初運動会で、間に合うように戻ってこいとカミさんからの至上命令が出されていたのだ。別府から地元まで電車と車を乗り継いでいくら急いでも２時間ほど要する。それにゴールしてから風呂に浸かって身を綺麗にしひげを剃って、ついでにウンコなんかもしていたらゆうに３時間はかかってしまう。
いくらなんでも無理ではないか。そう反論したかったがカミさんの目は本気だ。小心者としては黙って頷くしかなかった。
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        <![CDATA[そのためには入念な準備が必要だと頭を切り換える。ウォーキングの体力はもちろんだが、たかが１，２ヶ月でそう変わるものでもないだろう。だが物質的な準備は違う。多少出費を伴おうがとにかく完璧に準備できるはずだ。
自分は臆病者だと語っていたデューク東郷を思い出す。そうだ、俺はゴルゴだ。いろんなありうる状況を想定して周囲に目を配る、その準備さえしておけば勝利はこの手に入る。リタイアという言葉よ、黙って俺の後ろに立つな…そんな気持ちになって詳細なチェックリストを作りあげた。

そのなかに馬油というものがあった。大会の案内文にもこれを使うと肛門周囲の痛みが防げるとわざわざ書いてある代物だ。さらには過去参加したことのあるご婦人からのアドバイスでぜひ使うことを勧められていた。ウンコのあとは特に入念につけろとまで女性からいわれたのだ。そこまでいわれては準備しないわけにはいかない。だがとんでもないことに肛門に塗るのを忘れたまま昼の１２時、スタート地点に立ったのだった。

歩き始めてほどなくそのことに気づき早速リュックから取り出してつけようとしたのだが、この大会のために購入したお尻や膝をサポートするタイツが肌にぴったりくっつき肛門まで手が届かない。かつ河川敷や海岸沿いやほとんど遮蔽物のない国道沿いを黙々と歩く３６００名ほどの集団はそうそうばらけそうになく、そんななかでタイツを下げ肛門へ必死に手を伸ばそうとするのはゴルゴのやることではない。

しかたなくそのまま歩き続けのだが、気づけば馬油を使わないまま幼稚園へゴールし、眠たい目をこすりながら子供らを応援し、無事カミさんからのお叱りを受けずにすんだのだった。
でも不思議なことに肛門はなんともない。痛くとも痒くともないのだ。途中ウンコもしたがそのときも忘れてつけなかった。なのに、なぜなのだろう。考えに考えた末出たゴルゴの結論はこうだった。

俺のケツの穴は小さいのだ。</font>
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